旭屋の歴史

旭屋 ‐ これまで これから ‐

 

桑折駅の開業

明治20年、現在の東北本線が開通、桑折駅もこのとき開業しました。

当時、国内最大級の銀の採掘量を誇った半田銀山や養蚕業で栄えていた桑折町(当時は桑折村・半田村)には人の行き来も自由にできるようになったため、各地より移住してくる人が多かったそうです。

桑折駅は貨物輸送の拠点でもあったため、周辺の追分地区は特に大変賑わっておりました。

開業当時(明治20年)の桑折駅の様子

会津地方・旭(あさひ)村から夢を求めて、新天地『桑折』へ

初代 佐藤丑蔵 とその家族写真

そんななか、旧会津高田町 旭 村(現会津美里町・旭地区)より一人の若者が 夢 を求めて新天地・桑折に降り立ちました。

旭屋初代、佐藤丑蔵(うしぞう)です。

はじめは桑折駅前にあった『丸万運送店』でほかの地域の産物など、送られてきた貨物を荷車で配送する仕事をし、馬車馬のように働きました。

ある時、生まれ故郷である酒どころ会津の地より運んできた酒を売ったところ、地域のみなさんに大変喜ばれました。

そこで、追分地区の女性・コヨさんと結婚した縁もあり、明治30年(1897年)、現在の桑折駅前に『 旭屋酒店 』を開業しました。

以降、大正、昭和、そして平成と、めまぐるしく変わり続ける時代の波を乗り越え、令和となる今日まで おかげをもちまして創業より120余年、地域に根付いて営業を続けてまいりました。

地域に寄り添って、感謝と貢献

近年そして現在においても、東日本大震災などの災害やコロナウイルス感染拡大など、困難なことはありますが、四代目として地域へ寄り添った店づくりを目指しています。

地域のみなさまのご愛顧に感謝し、地元への貢献がしたい。

そこで、地元住民主体の『追分まちづくり協議会』を立ち上げ、JR桑折駅前イルミネーション、駅北側のでんしゃ公園の環境整備や芝桜の植樹、除草作業など、まちづくりに積極的に取り組んでまいりました。

また、最近では日本酒を愛する地元有志が熱い想いから作り上げた団体『桑折醸会』企画の桑折産酒造好適米『夢の香』と地元の名水『香村金剛水』を使用した『純米吟醸辛口桑折』が好評をいただいております。

当時の野外での販売の様子

この地域の想いを伝えていく使命 

時代とともに変わっていくもの、変えていくもの、変わらないもの。 変わってもいいし、変わらなくてもいい。

しかし、地域とともに。これだけは変わらずに。

お米、水、ひと、空気。

お酒を通してこの地域の想いやすばらしさを伝えていく使命があると感じております。

令和2年11月              
四代目店主 佐藤 克巳 
(さとうかつみ)

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